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きょうだい児だった私が今まで歩んできた道   Since 2010
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小さい頃の下弟はよくパニックを起こしていた。

パニック起こすと、姉の自分にそれを収めることは無理だった。

地面にひっくり返り、手で両耳を押さえて
「きぇ~」とか「ひぇ~」というような奇声をあげながら
のたうち回る。

実家のあたりは田舎で、昔から農作業をしている人達の
ためなのか、正午にサイレンを鳴らしていた。
下弟にはそれがとてつもない恐怖であったらしく
毎日正午になるとひどいパニックを起こしていた。

他にもいろいろな場面でパニック起こしていたっけ。
(あまりに数が多かったので、ひとつひとつのことを思い出せない)

私は(療育の一環だったのかどうかは知らないが)頻繁に
母から下弟を連れて近所の商店へ買い物に行くように
命じられ、たびたび彼を連れ歩いていたが
本当に大変だった。

学校が夏休みの間は保育園の送り迎えも頻繁にしていた。
普通に歩けば10分の距離だったんだが、

とてつもなく長い道程に感じられた。
車に跳ねられたりしなくてよかった・・・。

ヘルパーの仕事をしている友人から聞いた話だと
今はこういった障害を持つ子どもを散歩に連れていくサービスが
あるのだとか。

あの頃の私に、お散歩サービスの研修を受けさせてやりたい。
ホントに・・・。


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あれは小学校2年生の頃、
車に轢かれたエピソードからしばらくたった時の話だと思う。

上弟がまだ小さく、下弟も手がかかり大変だった時期だったんだろう。

その上、長女の私まで病弱だったからたまらない。

経緯は全く記憶にないのだが、その日私は通っていた耳鼻科医院へ
行くはずだった。しかし、弟達が体調不良だったのだろうか、その日は
一人で行って来いと言われたのだ。

耳鼻科医院はバスに乗って20分、さらに歩いて5分くらいの場所だった。

今思えば、都会で私立に通っている子供だったら十分一人で行動できる
範囲なのだろうが、なにしろ自分はそれまで一人でバスに乗ったこともなく
バス停から医院までの道も知らなかった。

しかし、母にお金を渡され
「一人で行きなさい!!!」と家の外に出され
玄関をピシャッと閉められたことは記憶している。

バス亭で茫然としてバスを待っているところに
ちょうど近所の友達が通りかかった。

「どうしたの?」

私が訳を話すとその友人が
「じゃあ私が一緒にいってあげる!」と言ってくれた。

その友人は父母の実家が遠方にあり、普段から
バスや電車に乗りなれているしその医院の場所も
知っているから平気よ!と。

あぁ~助かったぁ、と二人でバスに乗り込み
無事医院に行くことができたのである。

帰りにバス停に来ると丁度バスが行ってしまった後で
次のバスは30分後。
アイスでも買って食べようって言って

少し戻ってアイス買っていたら、もう一つバスに
乗り遅れて、家に着く頃には日が暮れて真っ暗だった。

帰ると、家に友人のお母さんがいた。
娘が帰ってこないので、私の家で遊んでいるんではと
訪ねてきたようだった。
お母さんは青くなっていたが、聡明な友人が
きっちり訳を話してくれた。お母さんは友人を
叱ることなく一緒に帰って行った。

二人が帰った後、母から
「一人で行きなさいって言ったじゃないの!」と
叱られた。

しかし、それから二度とその耳鼻科医院へ一人で
行って来いとは言われなくなった。


 

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下弟が保育園に通いだした頃、理由はよく知らないが
母が夜9時に家中の電気を消して真っ暗にすることを宣言した。

別室で勉強したりTV見たりすることも禁じられた。
家族全員が床に入り、文字通り消灯することになったのだ。

その頃は、山口百恵主演の赤いシリーズが全盛期で
学校ではドラマの話で持ち切りであった。
しかし、赤いシリーズは夜9時からだったので
当然見ることは出来なかった。
話に全くついていけない私・・・。
新聞のTV欄で内容をチェックするのが精一杯。

しかしそんな時、通学団で一緒に登校していた優しい近所のお姉さんが
私の気持ちを知り、それからは学校へ行く道すがら、昨夜のドラマの内容を
細かく話してくれるようになったのだ。

それから私は学校でドラマの話に加われるようになった。
本当に嬉しかった。

拍手[2回]

下弟がまだ保育園に入る前の話。
彼が私の学習机を毎日目茶目茶にしていた時期があった。

母は在宅ワークだったので
弟が私の机をひっくり返して遊んでいる間は
仕事に集中できたのか、やめさせようとするとパニックを
起こしたであろうので放っておいたのかは未だわからないが
とにかく毎日学校から帰ると私の机の周りはめちゃくちゃなことになっていた。

昔ドラマでやっていた強制捜査(ガサ入れってやつ)のシーンで
本棚の本を全部床に落としたり
家中の引き出しを開けて中のものをダァッと全部出していく
(実際はあんな乱暴なことはしないと聞いてますが)
アレですわ。
残された家族(妻?愛人?)が、ものが散らばった部屋で
茫然としている・・・、まさにそんな状態。

大事なノートが破られていたり物が壊されていたりしたこともあった。

しかし、母は下弟を叱ってはいけないと言ったのだ。

母が彼の為と思ったことは、どんな理不尽なことも
聞かなければならないのが我が家のルールだった。

私は毎日涙を流しながら夜までかかって
それを片づけていた。

父が私のそんな姿を見て不憫に思ったのか
部屋に鍵をつけてくれた。
鍵といってもキーを使って開閉するものではなく
昔の家の窓についていたタイプの鍵、くるくる回して
開閉するものだった。私の机が置いてあった部屋は
家族の共有スペースもあったので施錠して
私だけが出入りするわけにはいかなかったのだ。

しかし、安心したのもつかの間
弟はすぐに鍵を開けることを覚えてしまった。
(真相はわからないが、私は母が教えたんだと
思っている)

強制捜査後の机を見て茫然とする私に
母は笑いながら言った。
「鍵開けられるようになったのよ♪」

でも、或る時、切れちゃいました。私。

母が傍にいたかどうか覚えてないんだが
年端もいかぬ下弟を平手で張り飛ばしたのだ。

「おねえの机をめちゃめちゃにしないで~!!!」
と叫びながら、何度も張り倒した。

ただ、そのことで両親からひどく叱られた記憶はない。
我慢させているということは分かっていたので
何も言えなかったのか・・・。

それ以降、弟の強制捜査はかなり減ったのである。
(彼が保育園に入った後も何回かやられたが)

今現在子ども達の部屋の机周りが散らかっていると
頭に血が上ってカァ~~~ッとなってしまうのは
この頃のトラウマのせいなんだろうか。

 

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下弟は3歳の時自閉症と診断された。
(経緯については、私がまだ小学校低学年だった為、
詳しい事は知らされていない)

療育機関を紹介された親が
下弟を連れて合宿に行ったことがあった。

私と上弟は家で一週間留守番することに。
母は一週間分のおかずを用意して
月曜日の分、火曜日の分、とハンバーグや餃子などを
タッパーに詰めて冷凍庫に入れて行ってくれた。

お風呂沸かしたり、ご飯炊いたりといった
ひととおりの家事はこなせたので
自分的にはさほど心配していなかったのだが

両親は心配だったのだろうか、
おばあちゃん(母の母)を
呼んで一緒にいてもらうことに。

しかし、小学生2人の目から見ても
祖母が嫌々来ているのがまるわかりで
来なくてもいいのに・・・って思っていた。

そんな私と上弟の様子を見てか
祖母は3日目には帰って行ったのだが。

帰る前に、近所の商店街に出かけた祖母、
何か買ってきたと思ったら
内孫(私にはいとこにあたる子)への
お土産(赤いダウンジャケット)だった。

当然だが我々には何もなし。

居間の床に広げて
「サイズがあってるかしら?」と
言っている祖母を見て
私と上弟が複雑な気持ちになったのは
言うまでもない。

それを両親に話すことはなかった。

無意識に
話したらいけない事だって思っていたのだろう。
話すことで余計自分がみじめになるような気が
したのかもしれない。

大人になってから、上弟と
こんなことがあったねぇと
振り返るエピソードのひとつ。

 

拍手[2回]

小学校に上がったばかりの私。
上の弟(以後上弟と表記)がまだ小さく、母が下の弟(以後下弟と表記)を妊娠中だった頃かな。
夕飯の最中に上弟がひどくぐずりだした。

父は仕事で家にいなかった。

母が私に「牛乳を買ってきて!」と言った。
私は「え~?ごはん食べ終わってからじゃ駄目?」と聞いた。
母は怒って「すぐ行って来て!早く!急いで行って!」と。
私は買い物かごを抱えて家を飛び出した。

牛乳を買う商店は家の前の国道を渡ってすぐの場所。
20m程歩けば信号と横断歩道のある交差点なのに
急いで行かなくっちゃ~とそのまま国道を渡り始めたら・・・。

跳ねられましたよ。

くるくる回って飛んでいく記憶がかすかにあるのだが
それ以降はさっぱり・・・。

病院に連れて行かれ処置を受け
幸い全治1週間くらいの怪我で済んだのだが、

駆けつけたばぁちゃん(母の母)に
「このっ、ばかたれがぁ~~~~っ!!!」と
怒鳴られた。

母は祖母に私が食事中に勝手に家から飛び出して
車に跳ねられたと話したのか?
どうしてそこまで私が叱られるのだろう、と
腑に落ちなかった。

思えばこれが、私の辛い子ども時代の幕開けだったのかもしれない。
 

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