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きょうだい児だった私が今まで歩んできた道   Since 2010
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私が実家に戻り、上の弟が県外に進学したころ、
下弟は高校生。

養護学校とはいえ、高校生。どこでそういった情報を
仕入れてきたのか知らないが、頻繁に
私に聞いてくるようになった。

「おねえってセックスしたことある?」

「セックスって気持ちいい?気持ちいい?」

親のいる前では聞かなかったので
親の前でしてはいけない話だとわかっていたのかもしれない。

いちいち真剣に答えるのもバカみたいだ。

何と返事をしても、しつこくしつこく何度も
同じ事を聞いてくるのだから。

親に相談など出来なかった。
父や母に話したところでどうにかなる筈がないと
思っていた。
相談相手などいなかった。
どうしていいかわからない。
下弟が聞いてこなくなるまで
「知らない」「わからない」で通すつもりだった。

あの頃、本当はどのように対処するべきだったのか。
こればかりは今になってもわからない。


 

拍手[3回]

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私が大学に行って家を空けている間に
下弟は随分と背が伸びて、少年から青年になった感じだった。

中学校を卒業した下弟は養護学校の高等部に進んでいた。

 

そのころ、弟と同じ自閉症のAくん(仮名)を時々見かけた。
Aくんは下弟より少し学年が上の子だった。
自転車に乗ってウキウキと
走っている。

母に
「最近Aくんをよく見かけるね。」
と話すと、
Aくんは養護学校を卒業後作業所に通っているらしいのだが
通勤時に見かけるある女性を好きになってしまい
今でいうストーカー行為をしているようで、双方の親御さんが大変
困っているということだった。

ある日見てしまった。

Aくんが窓の下に立ってロミオとジュリエットのロミオよろしく
そこの家の女性と思われる名前を叫んでいたのである。

「○○さ~ん、○○さ~ん!」

私はいたたまれない気持ちになってその場を立ち去るしかなかった。

うちの弟も、もう少し大きくなったら同じような事するんじゃないだろうか?

背筋が凍るような気がした。

その頃の下弟は、当時人気のあったアイドルグループの雑誌を買ってきては
付録のポスターを部屋に貼り
「○○ちゃん、大好き~♪」
と言っては
ポスターにチューッとやっていた。

母は、Aくんのこともありそういった面で余所の人に
迷惑をかけぬよう、注意を払っていたようだ。

しかし、

私自身が恐ろしい目にあうことになろうとは
その時は予想できなかった。



 

拍手[1回]

ある時、職場の人に言われた。

「Murphyちゃんってどうしていつも怒っているの?」

いえ別に、私何も怒ってませんけど?と言うと

「だからさ、その言い方がさぁ、噛みつくような感じじゃないの。」

と言うのである。そして

「もっと普通に話したらいいんだよ。皆Murphyちゃんの敵じゃないんだから。」

そうかぁ?私怒ってるか?と思って、はっとした。

母の口調が移ってる。

いつも何かに怒っている。
何を言われても噛みつくような口調で返事をする。
まるで世の中の全て、自分を取り囲んでいる全てのものが
敵であるかのように。

あぁ、そうか。まずかったな。
自分では普通に話しているつもりでも、周りの人にはそうじゃなかったんだ。

母は外では普通に話しているじゃないか。
家では家族に怒っているけど。

それから意識して穏やかに話すように心がけるようにしたら
不思議なことに周りの雰囲気が変わってきた。

言葉って不思議だ。
ギスギスした言葉を吐いていると心もギスギスしてくる。
優しい言葉、穏やかな言葉には優しいこと、穏やかな人が
集まってくる。

当時の母は何かにつけ本当に大変な思いをしていたのだろう。

ただ、それもある程度は、彼女が吐いた言葉が
呼び寄せていたんじゃないかと思うのである。

事実としてあの頃、家族のだれもが八方塞の気持ちに
なっていたことは確かだ。
しかし、同じ危機的状況でも心の持ちようで違ったことに
なっていたのではないかという気もするのである。

拍手[8回]

母が、家に入れるお金をあっさり譲歩してくれたのは
やはり家事を手伝ってくれる人員が欲しかったからなのだろう。

しかし、社会人になった私はかなり忙しかった。
入社式から10日間は泊まりがけの研修で家を空け

配属が決まってからは毎日残業、日帰りの出張では
始発で出かけ終電で帰ることも珍しくない生活だった。
当時はバブル景気で、ありがたいことに仕事は忙しく
平日はとても家事などやっていられない状態だった。

母は仕事を持ってはいたが、所謂会社勤めの経験がなく、
女の子が働くといったら、お茶を入れたり電話の取り次ぎをしたりして
一日を過ごし、夕方になったら帰ってくるもんだと思っていたようだ。

「若い女の子をこんなに夜遅くまで働かせて!」
と、母は怒っていた。

私は、その昔部活をやめさせられたように、会社も辞めさせられるのではと
心配したが、さすがにそれはなかった。

家事は週末、休みの日に手伝っていた。
洗い物や洗濯物は木曜金曜からしっかりためられていた。

ある日曜日、母が一日家を空けていたので
その日は一日中台所を片づけることにした。
食器を全部出し、棚を綺麗に拭いて、レースの食器棚シートを
買ってきて敷き、めちゃくちゃに入っていた中の物を綺麗に
整頓して並べた。
食器棚の中は整理整頓に無頓着なのか、コップの上に皿、さらにその上に
茶碗が積んであるような状態だったのだ。扉を開けると物が落下してくることも
あったので、綺麗にしようと思ったのだ。

夕方、帰ってきた母がそれを見て、激しく怒りだした。

普段私がきちんとしていないことに対する嫌味か!余計な事をしてくれた!
どこに何が入っているかわからなくなったじゃないか!

と、叱られた。

あぁ、また怒られた・・・。
何をしても怒られる日々がまた続くんだと
ひどく落ち込んだ気持ちになったことを思い出す。

拍手[6回]

就職活動、東京や大阪の会社を受ける子が多かったが
私にはそれができなかった。
とにかく、お金がなかったのだ。電車代が出せないのだ。
試験や面接を受ける場所が近いところで就職先を探すしかなかった。
本社が他県にあって、総合職で入社できればいずれ転勤で
ここを離れられるかもしれない。

結果、他県にも事業所がある地元の会社に就職が決まった。

実家から通うことになるのだが、母から言われたのは

「食費と光熱費、家賃として毎月最低10万円は家に入れる。」

ことだった。

当時初任給が15万位だったから、自宅通勤で会社と家の
往復だけの生活なら10万渡しても大丈夫だったのかもしれないが
私はその条件を飲み込めなかった。
以前の私なら言いなりになっていたところだが
4年近くの自活を経て私は強くなっていたのかもしれない。

「実家に住んで家賃10万だったらアパート借りるわ!」

と、言い返した。

私は母が怒ると思ったのだが、あっさりと

「月々5万で許してあげるわ。」

と折れてくれた。

あら?ホント?と思ったが
アパート借りるにも敷金礼金もないし保証人もいない私は
(いざとなったら親戚に土下座して借りる気でいたが)
実家に戻ることになったのだ。

拍手[2回]

私には2人弟がいる。
自閉症の下弟と健常児だった上弟だ。

このブログの事は誰にも話していない。
もちろん上弟にも。

私は、彼が自分がきょうだい児であることについて
どう思っているのか全く知らないので
彼のことをいろいろブログに書くのはどうだろうと思ったのだが、
私が経験した過去の出来事のひとつとして記述しておくこととする。

上弟は大人しく穏やかな子どもだった。
そんな上弟を母は溺愛していた。
あからさまに私と差をつけられたものだから
私は彼を妬んでいた。

しかし上弟は父とは折り合いが悪かった。
顔も性格もよく似ていたのだが、
磁石の同極が反発しあうかの如く
反発しあっていた。
本当に仲が悪かったのだろう、上弟は
父が病気になっても、一度も見舞うことなく
臨終の際に駆けつけて来ることもなかったのだ。

私達がティーンエイジャーになった頃、
父と母の仲は冷え切っており、
かといって離婚することもせず、
家庭内の空気は最悪だった。

母は上弟を溺愛。溺愛と言っても
今思うと、自分の思うようにしようとコントロールしていただけだった。
特別扱いされる上弟を妬んでいた私は、上弟に優しくできるはずもなく、
ウマの合わない父からは辛く当たられ、
彼は家庭内サンドバッグ状態だった。

母が上弟の教育費に関しては出費を惜しまなかった為
彼は県外の私立大学に進学することができた。

「うまく実家から遠くに逃げたじゃん。」

当時の私はそう思ってイライラしていた。
「受験費用だけで、私の4年分の学費以上の金
使ってんじゃん!自分で一銭も出さないでさ!」
等々酷い言葉を吐いていた。

上弟は県外の大学を卒業し、遠くの地で就職。

あの子はもう実家に戻っては来ないだろう。
その土地の女性と結婚して
実家と縁を切るつもりなのだろう。

しかし、彼は心と体を壊して実家に戻ってくることになる。

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発言小町を読んでいたら
数日前にこんなトピックが立っていた。

「婚約中の彼がいるが、その友人が
彼の過去の女性関係のこと
(初対面の女性を自分の部屋に連れて帰って泊めた)
を自分に話した。
大変ショックを受けている。
婚約を破棄しようかと考えているがどう思うか。」

酷い事を言う友人がいるもんだと思った。

それに似た人が夫の同僚にいたことを思い出した。

夫と私が知り合ったのは20代後半なので
お互い初めて付き合った相手ではなく、
過去の彼彼女の話をすることもあったし
そのことで喧嘩になったりすることはなかったのだが。

夫の同僚(K山君・仮名)とは何組かのカップルで
一緒に遊びに行ったり、ホームパーティーをしていた仲間だった。
K山君はそういう席で、必ず、夫が私の前に付き合っていた女性の話を
するのである。私も夫も完全スルーだったのが気に入らなかったのか
なんとかして私を動揺させたかったのか知らないが、
毎度毎度、話を振ってくるのであった。

そういう面を除けばいい奴だったので普通に仲良くしていた。
K山君には結婚披露宴にも来てもらったのだ。

新婚旅行から帰ってお土産を渡すホームパーティーで
K山君に言われたこと。

知ってて言ってるのか知らずに言ってるのかわからないが

「Murphyちゃんの弟さんって、ずっとビデオ撮ってたよね~?
あれは何なの?」

聞いてないふりをしてシカトしていたんだが、何度も聞くので

思わず

「何だっていいじゃないの!」

と言い返してしまった。

その後K山君が私の弟について何か言ってくることはなかったが。

書いていてまた思い出してしまった。

結婚披露宴に来てくれた私の親戚に、当時アトピーが酷くて
悩んでいた子がいたのだが、K山君はその子の事を

「せっかく可愛い顔してるのにお肌があれじゃあねぇ~」

と言ったのだ!

しかし、結構な割合でこういう人っているんだろう。

私だって、自分で気がつかないうちに
誰かを傷つけているのかもしれないし。

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