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きょうだい児だった私が今まで歩んできた道   Since 2010
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大学に受かってから実家での生活はますます辛いものになってきた。

バイトをしたら家事ができない、でもバイトしないとお金がない。
何かにつけ「大学なんぞ辞めてしまえ!」という母の暴言に耐えられなくなっていた。

このまま家にいたら卒業できない、中退することになると思った。
いろいろ調べて、大学の学生寮に入ろうと決めた。

本来は県外在住者でないと入れないのだが、
当時は学校の周りにある下宿やアパートに入る学生が多く
部屋に空きがあること、同じ科の子が隣町に実家があるのに
学生寮に住んでいることを知り、それでは私も!と申し込んでみたら
入れることになったのだ。

両親は激怒したが、もう決めた事だからと押し切った。

引越しは父が手伝ってくれた。
引越しと言っても、布団と着替え、本などを父の車のトランクに積んで
運んだんだが。

父が
「お母さんには内緒だぞ」と言って
聖徳太子を何枚かくれた。

父はサービス業で、お客さんから頂いたチップを
へそくりしていたみたいで、それを私に少し分けてくれたようだ。

学生寮はリノリウム張りの床に置き畳が2枚、
ベッドに机、作りつけの棚とクローゼットがあり
キッチンとトイレ、洗濯機は階ごとに共用、
風呂は寮全体で使う銭湯のように大きなお風呂だった。
ここに光熱費込みで月々7千円程で住める。
洗濯も掃除も食事も自分の分だけでいい。
暴れる下弟やイライラしている母に気を使うこともない。
私にとっては天国に違いない。

それなのに、たまらなく不安な気持ちになって
ちょっと泣けてきてしまったのを覚えている。

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なんとか大学に入学できたが、この先授業料その他諸々お金が要る。

日本育英会で無利子の奨学金に申し込むことにした。
普通のサラリーマン家庭なら大丈夫と言われ申し込んだが
心配だった。

お金がない、といってもそれはあくまで
「私の為に使う」お金がないのである。

なぜなら、上弟は私学の進学コースに通い
家庭教師までいたからだ。

上弟は特に成績不振という訳ではなかったようだが
公立の進学校に進むには内申が少し足りなかったらしい。

母は、上弟が私が通っていた高校より下のレベルの公立に
入るのは我慢ならなかったのか、中堅私学の特別進学コースに
進ませたのだ。

奨学金を受けられるか心配だったが
申請が通り、月々2万円ほどの奨学金が受けられることになった。

授業料はこれでなんとかなるが(当時の国立大学の授業料は
半期で12万程であった)、教材や定期を買うお金がいる。

アルバイトを探さなければ!
なんとしても卒業してやると思っていた。


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