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きょうだい児だった私が今まで歩んできた道   Since 2010
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久しぶりにリンクしていただいているかなさんのブログを見たら
まさに私が最近考えていた事が記事になっていて驚いた。

自閉症のきょうだいに限らず、かなさんや私のように
奨学金とバイトで大学を卒業した人はこの世にたくさんいるのだろう。

しかしそれに加え、それ以上の事を求められるきょうだい児が
結構いるのではないだろうか。

私が大学を卒業して就職した時に母から言われた言葉は

「本当ならあんたは高校を出たら働いて給料を家に入れていたはずなんだ。
 少なくとも年100万は入れているだろうから4年で400万の損害だ! 
 すぐ返して!」

であった。

自分の子供たちがあの頃の年齢になってみて
母はなんて事を言ったんだと愕然とする。

つい最近もちょっとした用事があって電話した時に
今までいろいろしてやったお金を返せ、と言われた。

郵貯の養老保険の満期金と父の相続放棄でチャラだと
勝手に思っていた私が甘いのか。

しかしながら法的に支払の義務はないと思うので
聞き流すしかない。

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従姉妹が結婚することになり
親戚の家にお祝いを持って行った時のこと。
伯父が珍しく駅まで車で送って行こうと言った。
ありがたく送ってもらうことにしたが
最寄りのJRの駅ではなく、私がいつも利用している
私鉄の駅まで行こうと言うので
何か話があるんだな、と思った。

予想通り伯父は運転しながら私に頼みたいことがある
と言った。

その頃、下弟は養護学校高等部3年生。
就職活動中であった。

伯父が言うには

自分のつてで、とてもいい所がある。
ただし、自宅から通うことができないので
寮に入ってもらわないといけない。
ところがあなたの父親がどうしても首を縦に
降らないとあなたの母親が言っている。
あの人(父)は自分達親戚の言う事なんか聞かないから
Murphyから説得してもらえないだろうか。

なんだそれ?と心の中で思った。

母は父が何と言おうと自分が決めたとおりに
物事を決める人だ。今までずっとそうだった。

母はこの就職話を父のせいにして断っているのだ。

母方の親戚である伯父は母の話を全面的に
信用しているようだ。

父は関係ないです、母の考えなんです、なんて
母方の親戚である伯父に言ったら
母がどんなに怒り狂うかと考えたら
当時の私にはとても言えなかった。

蚊の鳴くような声で
「無理です・・・」
と言うのが精いっぱいだった。

拍手[5回]

下の弟が就職した頃は、上の弟が実家に戻って
ひきこもってしまった頃と重なっている。

下の弟はそれまで上の弟に暴力を振るったことがなかったが
仕事でのイライラを上の弟にぶつけるようになった。

私はそれを止めることもできず、ただその場に居合わせないよう
帰宅するとさっさと自室にこもる生活だった。

当時の上弟の行動は殴られても仕方がないと思っていた。

彼は、私が疲れて仕事から帰って来ると
自室からふらっと出てくるのだ。
玄関で靴を脱いでいる間、じっと立ってこっちを見ている。
顔は下を向いてうなだれているのだが、目だけは上目づかいで
じっと見ているのである。
靴を脱いで廊下にあがると、はぁと深いため息をついて
自室に戻っていくのだ。
私は「あんた何様だ!」と後ろ姿に飛び蹴りを食らわしたい気持ちを
ぐっと抑えていたのだ。

下の弟の前で同じ事をしていたら、そりゃ殴られるだろうねと思っていた。

私は殴られたことがなかったのだが
その日はタイミングが悪かったのかもしれない。

帰宅して玄関のドアを開けると下弟がいた。
「おまえなんかクビだ~!」と叫んで
ガァーンとぶん殴ってきた。

漫画やアニメで頭を打ったりすると、目から星が飛び出て
頭の周りを小鳥と一緒にクルクル回っている描写があるが
あれはかなりリアルな描写だと思う。
本当にそんな感じだった。

星と小鳥が飛び去ると
私も同じレベルの人間になってしまった。

玄関の箒を持って思い切り殴り返したのである。
「痛いわ、このバカヤロウ!」
と喚きながら箒を振り回して暴れた。

私が下弟に殴られたのはその時一度きりである。

*      *        *

あとでわかったことだが、私に手を上げることをやめた下弟は
母に手をあげるようになり
母は会社を辞めさせようと思ったようだ。

 

拍手[5回]

養護学校の高等部を卒業した下弟は、
同級生の大半が作業所や施設に入った中
一般企業の障害者枠で就職が決まった。

母は大変喜んでいた。
これまでいろいろと大変な思いをしてきていたので
さぞかしホッとしたことであろう。

しかし、養護学校で守られていた彼が世間に入って
いくことは容易ではなかったようだ。

彼が入ったのは地方の一企業。(会社名で検索したら
ヒットした。確かに彼が働いていた会社だった)

彼が配属された部署には、天敵のようなAさん(仮名)
という人(パートのおばさんと思われる)がいた。
自閉症という障害に対して全く理解がなく、下弟に
酷い扱いをしていた事は容易に想像できた。
帰宅後、しばしば彼はAさんの口真似をしながら
パニックを起こしていたからである。

「Aが言った。お前なんかもう来るな。」

「Aが言った。お前なんかもうクビだ。」

「Aが言った。明日から来なくていい。」

こんな感じのことを叫びながら暴れていた。

会社でもしばしばパニックを起こし
(Aさんに手をあげたこともあったらしい)
母はしばしば菓子折を持って
会社に頭を下げに行っていたようだ。

私は全く関わっていなかったので本当のところは
分からないが、そのAという人は、弟が騒ぎを
起こすたび母親が菓子折を持って謝りにくるので
人に頭を下げられることに快感を覚えて
わざと騒ぎにしているのではないかとさえ思えた。

「もうやめさせた方がいいかもしれない。」
母は会社を退職させることに決めたようだった。

ところが、会社の方がAさんを弟と全く接触のない
部署に異動させてくれたらしい。

もともと言われたことはきっちりできる弟だ。
会社は彼を残すことを選んでくれたのだろう、その時は。

拍手[2回]

予想はしていたが、久しぶりに家に帰ると
やはり大変な事になっていた。

家の中はメチャメチャ。居間には物が散乱し
台所には洗いものと生ごみが溢れかえっていた。
家の中が汚いのは掃除洗濯すれば済む事なので
いいのだが、それ以外にも何かあったようだ。

父と母から別々に話を聞いたが
二人とも自分は間違っていない、
自分以外の者(私も含め)が悪いと
言うばかりだった。
父の言うことと母の言うことが違うので
本当のところどうだったのかわからないが
二人の話を聞いて私が推測したところはこうだ。

病院の先生は両親との面会を求めていた。
母はしぶしぶ応じたが、父は頑として応じなかった。
ある時父が、上弟を罵倒した。
薬なんぞで怠け病が治るわけないじゃないかと。
上弟は家を飛び出した。
先生に相談し入院することにした。
上弟には家族と居ること自体が毒だと
先生は判断したのだ。まあ当然の判断だろう。
しかし、たった数日で上弟はギブアップしてしまった。
病院の管理された生活が嫌だと、いともあっさりと
家に帰って来て、また部屋に閉じこもってしまったのである。
昼夜逆転の生活、
食事は夜中にカップラーメンを作って食べていたようだ。

母は、先生に会ってきたものの、
進展は見込めそうもないと感じた。
どんな話をしてきたのかと聞いたら
「あの先生、何を言うかと思ったら
息子さんのこと抱きしめてあげて下さいだって。
自分より体が大きくなった息子にそんなこと
できるわけないじゃいの。気持ち悪い。」
と言ったのだ。

私にできる事なんて、もう何もないのではないか。

これ以上関わり合いたくない。

当時の私の正直な気持ちだ。




 

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上の弟が病院に通い始めてしばらくした頃
仕事でひと月ほど家を空けることになった。

私は正直ほっとしていた。

およそ家族とは呼べないような人達のいる家に帰らなくてもいい。
世界中の不幸を全部背負ったような顔をしている
上弟を見なくてもいい。
パニックを起こし暴れる下弟を見なくてもいい。
ヒステリックに怒鳴りちらす母と会わずに済む。

ホテルで毎晩自分の好きなTV番組を見て過ごす。
食事もひとりでゆっくり食べる。
仕事は大変だったんだが
なんだか長期療養でもしているような気分だった。

家に帰るとまた大変な思いをすることは予測していたのだが・・・。

拍手[5回]

上の弟が部屋に引きこもってしばらくした頃のこと。

ある日電話が鳴った。
私が取ると、それは近所のかかりつけ医院のS先生から。

昨日の昼間に上弟が風邪気味だと言ってS先生を訪ねて来たのだが
風邪よりも鬱状態が酷い、一刻も早く専門の先生に診てもらうのが
いいのではないかという事であった。

私はすぐに両親に話した。

母は半狂乱になった。
「あそこの医者はうちの大事な長男をキチガイ扱いするのかっ!!」
とすごい勢いで叫んだ。
何を言っても泣いたり喚いたりで聞く耳を持ってくれない。

父はダンマリを決め込んでわれ関せず、完全逃避の姿勢。

「ダメだこりゃ」  ←いかりや長介さん風

話にならない。

しかたなく私がS先生の所へ出向き
家の事情を話すと、それならお姉さんがまず先生に会って
話をしたらどうかと言われた。
このまま放っておいたら自殺の危険がある
一刻も早い方がいいと、市内の総合病院の精神科の先生に
紹介状を書いてくれた。

私はすぐに年休をとって総合病院の精神科へ行った。

*        *         *

今でこそ私の住むまちにもメンタルクリニックが何軒もでき
精神・心神症系の病院の敷居が低くなったが
当時はそうではなく、特に親の世代からしてみたら
自分の子が精神科に罹るなんて
耐えられなかったのかもしれない。

しかし、私はこの件については
当時の両親の対応(逃避)を許すことはできない。

世間体を気にするばかりで
自分の子供の問題に向き合わなかった。

自閉症という障害を持った下弟に対しては
そんなことなかったのに。

世間体があるから、家から追い出したりしなかったものの
心の面では完全に棄てていたのだ。

自分の思うように育たなかった時点で
きょうだい児の私達は
実質棄てられたのだ。

*        *         *

精神科の待ち合いは病院の奥の
目につかない場所にひっそりとあった。

私はおずおずと中に入って行ったのだが

他の診療科と何も変わらない待合の風景に
気が抜けてしまった。
ホッとした。
そして、自分も精神科に対して偏見を持っていた事を
自覚し、恥じた。

先生は穏やかな人で私の話をうんうんと聞いてくれた。
そしてアドバイスをくれた。

その後、どうにか上弟を先生に会わせることができた。
一件落着とはいかないが、少しだけ事態は進展した。

あの時、私も知らん顔をしようとすればできたのだろう。

あんなに差をつけられ可愛がられて(甘やかされて)
嫉妬していたきょうだいなのに。
見捨てられなかった。

親の期待を裏切り、見放されてしまった上弟の中に
自分の姿を見ていたのだろうか。






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