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きょうだい児だった私が今まで歩んできた道   Since 2010
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中学の頃、作文の宿題に下弟のことを書いたことがあった。

ネタとしては結構レアな内容だし、
あの頃の私はまだ、母に洗脳されていた状態で
「家族で支えあって乗り越えていこう」とある程度本気で
思っていたので、そういった内容で書いてみたら

教科担任の先生が全国単位の作文コンクールに出して。
驚いたことに入賞してしまった!

賞状と盾もらって家に帰ったら

母は苦々しげに
「女の子がこういうことできてもしょうがないんだよね。」と言った。

↑の一言が母の本音だったんだろう。

私は兄弟の為に働いて、兄弟の面倒をみる、
その為には作文など書けても意味がないということなのだ。

賞状も盾も嫁に出るときに持って出なかったら
(父は持ってけ!と言っていたのだが)
実家のリフォーム時に一緒にゴミになったようだ。

ま、それでいいんだけど。大人になって、
あの作文に書いたことは全部嘘っぱちだったってわかったから。
恥ずかしくてとても読み返すことなどできないだろう。

今でも人権作文コンクールなどで、障害者の兄弟について
書かれた作文が入賞してるのを見るにつけ
それを書いた子の生活状況を案ずる自分がいる。

ここに書かれている事はホントにこの子の気持ちなんだろうか・・・。



 

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母が「テレビに子守をさせないで」という本を買ってきた。

中学生になっていた私はその本を読むように言われた。

それによると、自閉症はテレビの見すぎでなる病気、
テレビをやめたら症状が良くなったというような事が書いてあった。

そういう訳で
家のテレビは一切見てはいけないことになった。
処分してしまえばよいのに、テレビは居間に置いたままであった。

昼間弟が保育園に行っている間、父母がテレビを見たかったのかなぁと
今になって考える。

当時宇宙戦艦ヤマトが流行っていて、夕方再放送がやっていたのだが
当然見られない。ドラマもニュースも見られない。

インターネットなどない頃のこと、子どもにとってテレビは重要な情報源の
ひとつであったのだが。

”ヤマト”については夕方近所の家にお邪魔して見せてもらっていたっけ。
土曜日の夜、8時だよ全員集合も見に行っていたなぁ。
(親切なご近所さんには今も感謝してます。ホントにありがたかった)

しかし、当然なんだが、テレビ見せないだけで下弟の症状がよくなるわけはなく、
いつの間にかテレビ禁止令は解除されていた。

アマゾンで検索したら、なんとこの本、まだ売られているらしい!

驚いたことに、カスタマーレビューで☆5つ付けている人がいるし・・・。

☆1つの方が私の言いたい事言ってくださってるのでちょっとホッとした。

冗談じゃない!ホントその通りだと思う。



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