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きょうだい児だった私が今まで歩んできた道   Since 2010
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小学校の同級生、Mちゃん(仮名)は年子のお姉ちゃんが知的障害を持っていた。
お姉ちゃんは同じ小学校の養護学級にいた。

Mちゃんは小柄だったが運動神経抜群で頭の回転も速かった。
抜けるような白い肌、青味のかかったグレーの瞳を持っていて
今風に言うと眼力のある美少女だった。

しかし、小さい子って残酷。
私はMちゃんがお姉ちゃんのことでからかわれているのを
何度か目にしたことがある。
そんな時、Mちゃんは、そういう低レベルな奴らは相手にしないのよと
言わんばかりにキッと睨むだけであった。
私は子ども心にMちゃん大人だなぁと密かに尊敬の念を抱いていた。

中学年になってMちゃんと同じクラスになった時
クラスメートの中には
「あの子のお姉さんってさ・・・・・なんだよ。」と
ひそひそ言う子がいたが、私はそういう事を言う人達を
心の中で軽蔑していた。
とはいえ、その頃、私の下弟はまだ自閉症と診断されていなかったので
完全に他人事であった。

Mちゃんと私は仲良くなったのだが、
彼女は転校することになってしまった。
その頃の私には知る由もなかったが
彼女の親が離婚したため、彼女は母親の実家のある学校に
転校して行ったのだった。

私とMちゃんは離れてからもずっと文通をしていた。

彼女が転校して行ってしばらくたった頃に
下弟が自閉症だと診断されたこともあるのだが、
手紙の中に自分の兄弟の話題を出すことはなかった。

私達は普通の女の子の、思春期、青春期の悩みや希望などを
手紙で語り合った。Mちゃんの書く手紙はとてもとても
魅力的でポストに彼女からの手紙が入っていると
嬉しくて、部屋に駆け込んですぐに開封し読んでいた。
そして便箋を取り出してすぐに返事を書くのだった。

高校を卒業して、私は地元の大学へ、彼女は東京の専門学校へ進学した。
お互い引っ越してからも手紙のやりとりは続いていた。

私は弱い人間で、特にハイティーンになってからの手紙には
愚痴や弱音が多かったと思うのだが、彼女はそんな私を励ましてくれた。
彼女の方がもっと大変だったのに。辛い目にも遭っていたはずなのに。
その頃の私には見えなかったのだ。

本当に彼女は大人だった。でも苦しんでいたんだ、辛いこともあったんだ。
でも、彼女は幸せを求めて行動していた。
それなのに私は逃げてばかりだった。甘えていた。

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先週下弟に襲われた記事を書いた後、随分落ち込んでしまった。
あの時のことを思い出しては悲しくなり、情けなくなった。
記事の騒ぎを起こした時の下弟と、息子の今の年齢が一緒だということに気づき
自分が大人げなさすぎたのではないかと、ますます落ち込んだ。

私は弟のことが憎いわけではないのに、許せない。
この感情はなんなんだろう。
腹立たしい、情けない、悲しい、どの言葉もあてはまらない
澱んだ感情・・・。

「ママ!どうしたの?眉間にシワ寄ってるよ!」

娘に言われてはっとした。

いけない、いけない。眉間にシワなんか寄せていちゃ。
ブログの更新は急がず、心を落ち着けながらやっていこうと思ったのだった。

話は変わって、以前母が下弟のことを
「あの子はエリートだから。」
と言ったことがあった。
どういうことなの?と聞くと
「親の会で一緒だった同年代のメンバーで、
一般企業(障害者枠)で働いているのはあの子だけなのよ。
だから、エリート。」
なるほどねぇ、親ばかだねぇ、と思った。

親ばかに対してばか親という言葉が言われているが、違いってなんなんだろう。
検索してみたら、やはり同様のことを思う人は多いようで知恵袋で聞いている人が
たくさんいた。ナイスだと思った回答をピックアップしてみる。

親バカは 自分の子供がそのままの状態で 
理想の子だと思っている。

バカ親は 自分の子供を理想の子にするため 
自分の所有物にしてしまっている。

親バカは、自分がバカだとわかっている。

バカ親は、自分がバカだとは思わない、というか発想にない。

母は弟のサイドから見れば、親ばかなんだろう。
しかし、私の立場から見たらばか親だ。
下弟最優先で、他のきょうだいの苦しみには無頓着。
思い通りにならない障害者の子の為に、他の子を思い通りにしようとした。
思い通りにならないとわかった時点で、ばっさり切り落とした。

こういう気持ちを言葉にしたことは一度もない。
こんなこと言っても母を苦しめるだけだってわかっているから。

親ばかとばか親のボーダーラインってどこだろう。
眺める方向によって随分違ってくるような気がする。




 

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明け方に、台所で料理をしている夢を時々見る。

今朝も見た。
台所で一生懸命何かおかずを作っている。

でも、夢に出てくる台所はなぜか
実家の古い台所である。

実家の家族は偏食がひどかった。

母と私は何でも食べるのだが
父と弟たちはひどい偏食だった。
好き嫌いが多いというより、特定のものしか
口にしないと言っていいほどのひどさだった。

困ったことに食べないものが三人三様であった。

父は、肉は駄目、魚はまぐろの刺身とめざしだけ、
洋食、中華、買ってきたお惣菜や冷凍食品は全てNG。

上弟は肉の脂身が駄目、骨のある魚は駄目、
色の濃い野菜は駄目という感じ。

下弟はその時の気分で変わるが
野菜、海藻類が駄目、骨のある魚は駄目。
一時は白ご飯とふりかけしか食べない時期もあったほど。

そんな有様だから、毎日の御飯作りは辛かった。

どんな献立にしても、誰も喜んでくれることはなかった。

味付けが濃いとか薄いとか、またこれかぁ、これだけかぁ
など、文句を言われた記憶しかない。
散々文句を言われた揚句残されるのだ。

美味しかったと言われた記憶は全くない!
助かるわとかありがとうとか、ねぎらってもらった記憶もない。

私は今でも

食べ物にケチをつける奴は大嫌いである。

ちなみに、夫と子ども達は
「美味しい!」と言ってくれる。
「ごちそうさま!」と言ってくれる。

今はご飯作るの辛くないのに

どうして昔の台所で料理している夢を見るのだろう・・・。

拍手[8回]

今週は子ども達が中間テスト。

二人とも
「やべえ~~~~~!!!」とか言いながらも
スカパー!で アニメとか見ている。
おいおい、大丈夫か?
でも、ま、いいか。

自分が中高生の頃ってどうだったかなと考えてみた。

夜9時消灯だったので、部屋を真っ暗にして
イヤホンでラジオ聞いて、家族が寝静まるのを待って
スタンドの電気だけつけて勉強してたっけ。

夕方母が下弟連れて療育から帰った時に
夕飯の支度ができてなくて叱られたこともあったっけ。

「勉強してる暇があったら、家の事をやりなさいっ!」
って言われたっけ。

そうまでしてなんでそんなに勉強していたんだろう?

なにかにつけて、いつもいつも
「女の子に学はいらない。」
という母に対抗していたのかな。

拍手[5回]

ネット検索していたら、あるきょうだい児の方のブログを見つけた。

その方はブログのトップページに自閉症のお兄さんが小さい頃の
写真を載せていた。

可愛い子。

写真の感じからして私の下弟と同年代だろう。

自閉くんはたいていの子が賢そうで可愛い。
私の下弟もそれはそれは可愛くて賢そうな子どもであった。
小学校低学年までは、バレンタインデーにはチョコレート、
ラブレターも何度かもらっていた。

自閉症児親の会に参加している自閉くん達も皆、可愛い子ばかりであった。

母から聞いた話だが、親の会に来ているメンバーの子が
養護学校の小学部に通っていた頃のこんなエピソードがある。

その養護学校は地元の国立大学の付属で、
その国立大学は付属小学校~高校まであり
制服は付属も養護も同じであった。

通学の為、バスに乗っていた親子、
上品なご婦人から声をかけられたそう。
「まぁ、懐かしいわ。私もここの卒業生なのよ。
子ども達もみんなそうなのよ。」と。

声をかけられたお母さん、”頼むからこのご婦人がバスを降りるまで
息子よ、ボロ出さないで!”と神に祈ったそうだ。

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今日は連休最終日。

連休中に出かけた旅行の後片付けが終わり
昼間からのんびりネットしていた。

「きょうだい児」というキーワードでブログ検索すると、
自分自身がきょうだい児のものは少なくて

やはり、障害をもった子どもを育てている方々のブログが
たくさんヒットする。

ちょこちょこ読ませていただいているが、今日見つけた
あるブログはちぃとショックだった。

そのブロガーの方の自閉くん(小学校低学年・男子)はお風呂好きで
気持ちよさからしばしば、風呂場で大きい方をしてしまうらしい。
そしてその後始末を上の子(小学校中学年・女子)がしているという。

でもお姉ちゃんは全く嫌がるわけでなく、
無理やりやらせれているわけでなく、
自発的???にやってくれているわけだからこれはOKですよね?と言っている。

このブロガーの方は、お姉ちゃんのこれからがある意味で楽しみなんだそうだ。
重度知的障害をもった自閉症児の弟のことをこよなく愛し、
ちょっと周りの人とは違うであろう価値観の持ち主な姉だからと。

PCの前で思わず固まった。

本気で言ってんの?

子ども達はこれからどんどん大きくなるのに
ずっとこういうことさせるつもりなんだろうか、この人は。

私の下弟はそういう粗相は少なく、(母から下弟のおむつは
あんたよりずっと早くはずれたのよと100回以上聞いている)

便器にせずにトイレの床にしていた時期があって、
自分が使おうとした時に見つけてしまい、

「しょうがないなぁ~」
と言いながら片づけた事はあるが。

小学生の大便といったら量もかなりあるんじゃないだろうか。
それを片づけるこれまた小学生の姉・・・。

驚いたことに、コメントは全てブロガーさんと同意見。
そうなんですよね~、助かりますよね~って・・・。

本気で言ってるの?

私もこのお姉ちゃんと同じだったよ。
嫌な顔などひとつもせず、下弟の世話を焼いたよ。

ただお母さんを喜ばせたくて。振り向いて欲しくて。
それで家庭がうまく回るならって頑張った。
でもね、だんだんそれが当然という風になってきて
私は疲れてしまったのだ。

ブログの投稿日を見たら、一昨年の記事だったので
お姉ちゃんは高学年になっている。

どうしているんだろうか。

でも、もうそのブログを読む気にはなれない。

拍手[18回]

今日は娘とその友達を車に乗せて出かけた。

彼女らが観たい映画が近くの映画館では上映されないので
少し離れたところの映画館に連れて行ったのだ。

娘達が映画を見ている間、私は書店で本を買い
喫茶店でコーヒー飲みながらそれを読んで過ごした。

帰り道に車を運転しながらふと思った。

私ってこういう事無かったな。

私が中学生だった頃、母が私の為に自分の時間を割いて
どこかへ連れて行ってくれたことって、
なかった。

日曜日の母は大抵朝から下弟を連れて
障害児サークルや親の会に参加していた。

私は家にいて掃除や洗濯など家の用事などしながら
留守番するのが日曜日の過ごし方だった。

ある時、日曜日に友達と映画を見に行ったことがあった。
当時大流行のアニメ映画を見て、お昼をマクドナルドで食べ
それはそれは楽しい時間を過ごした。

家に帰ると母が先に家に帰っていた。

「勝手に出かけて!」

と私はひどく叱られた。

母は、私が楽しい思いをするのを憎んでいるとしか
当時の私には思えなかった。

今になれば、下弟がとても大変だった時期で
心に余裕がなかったんだとわかるのだが、

あの時は、そんなことはわからず

「どうして・・・?」

と悲しい思いでいっぱいだった。

自分の子ども達には
あの頃の私の分まで楽しい休日を過ごして欲しいと思う。

 

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