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きょうだい児だった私が今まで歩んできた道   Since 2010
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私が通っていた高校はそこそこの進学校で
成績上位者は大方が旧帝大の国立大学に進学していた。
そんなこともあり、私も大学に進学することを考えていた。

進路を決めるにあたって、母が私に言ったのは

「福祉系の大学に行って、
一生下弟の面倒をみるのなら大学に行かせてやる。」
という言葉だった。

私は、某大学の障害児サークルに参加して
「これは私がやりたいことではない。」と確信していたので
福祉系の大学には行かないこと、学びたい分野があることを
伝えると

「金銭的な援助は一切できない。
あんたの為に使う金はない。」

と言われた。

これは脅しではないと思った。
なぜなら私は部活も辞めさせられていたし
(部活などしていたら帰宅が遅くなって夕飯の支度に
間に合わないし、授業料以外のお金など出さないから
辞めなさい!と言われ、泣く泣く辞めたのだ。)
とにかく自由に使えるお金や時間がとても少なかったからだ。

どうしたらいい?どうしたら・・・。
とにかくお金のかからない国公立大学、予備校通わずに受かるところ、
そして自分が学びたい学科があるところ・・・。

運よく見つけることができた私はラッキーだったんだろう。

受験料は出してもらえた。入学金は父方の祖母が出してくれた。

2ちゃんねるや発言小町でのスレッドを読むと
大人になったきょうだい児は福祉系の仕事をしている人が
多いように感じるが、私が言われたのと同様のことを
親から言われたんだろうか。

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